2008年10月27日

実験心理学と臨床心理学

2008082455723_2.jpgこれまで、心理学の歴史をみてきましたが、大きく分けると二つの流れがある事に気がつきましたか?

その一つはヴントによって確立されて今日まで続いている流れで、研究方法を自然科学に求めるものです。
自然科学は諸現象を観察し、諸現象の関係について仮説をたて、それを検証するためのデータを集めて統計的検討をし、仮設から理論を構築するという方法をとります。
この方法を「実証的方法」といいます。この方法こそが科学としての心理学だと考え、実験を方法的な柱にすえるので「実験心理学」といいます。

しかし、人間には個人差があり当然ですが一人一人違う世界を持っています。
フロイトにはじまり、心の不適合に悩める人たちを援助することを目的とする実験的領域においては、そうした「個」と関わることを通じて人間心理の普遍的な構造とは何かを探るという方法がとられてきました。
こういった方法による心理学を「臨床心理学」といいます。

20世紀の心理学は、この実験心理学と臨床心理学のせめぎあいの歴史でもありました。
実験心理学者からいわせれば、「臨床心理学は科学ではない」といったことになりますし、臨床心理学者から言わせれば「実験心理学は心不在の心理学である」ということになるのです。
20世紀ではアメリカの行動の科学こそが心理学であるということが主流でしたが、こうしたなかからトランスパーソナル心理学が生まれたことは面白いことです。

心について知りたいから心理学の講座を学ぶのに、こんなにめんどうくさい!そう思われましたか?
確かに学問として成り立つには、心には未知の領域が多く、科学的な証明も必要とされたのでしょう。

共感はできないとしても、学ぶ以上は知っておかなければいけないことですね。



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2008年10月19日

戦後日本の心理学

2008100340053_3.jpg心理学は大きく分けると「実験心理学的方法」と「臨床心理学的方法」の二つがあります。
今、一般の大学で心理学の講座を専攻すると、卒業論文では実験とその結果の統計的な解析という手順を踏む事を求められることが多いのです。
これはヴントから始まる心理学、つまり実験心理学の伝統に基づくものです。

第二次大戦後、日本にはいろいろな面でアメリカの圧倒的な影響下におかれます。進駐されたわけですからね。
そして当然心理学も例外ではありません。
前に示したような、ワトソンなどの影響がはっきりでてきます。
今の日本の心理学の講座で使われているような教科書は、「心理学とは行動の科学である」という定義から始まっているものが多いですが、これはそれが端的にあらわれたものですね。
ヴントの意識の心理学や、フロイトの無意識の心理学を否定する、アメリカの行動主義心理学の影響によるものなのです。

しかし、心の治療を目的とする臨床心理学においては、アメリカの影響下におかれたとしてもその実験心理学を否定し、東洋思想を基盤とする独自の心理学が発展する余地が残されました。
日本はアメリカの占領下におかれたとはいえ、東洋ですし。
禅の精神は日本にありますし、いわゆる「悟り」といわれる超越的体験が受け入れられた土壌だったこともあるでしょう。
それを応用して、心の病に対応していくことが考えられたのは当然だったのでしょう。

ある意味、マズローなどが唱えたトランスパーソナル心理学の先駆けといえる展開が見られたのです。



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2008年10月14日

日本の心理学の研究

2008092045041_2.jpgドイツで生まれた心理学は、日本にはどのように伝わってきたのでしょうか?

日本で心理学の講座を学ぶ私たちは知っておいたほうがいいでしょうね。
「心理学」という日本語を作ったのは幕末から明治初期にかけて、欧米の科学紹介に深くかかわった、哲学者の西周(にし あまね)です。
イギリスの心理学者の著作を翻訳したときに、訳語として「心理学」という言葉をあてたのです。

心理学者として、明治期の代表すべき学者は元良勇次郎(もとら ゆうじろう)です。彼はアメリカの大学に留学し、日本人として初めての学位を取得しました。
帰国後、東京帝国大学(現 東大)の教授となり、講義するかたわら心理学実験室を開設しました。
いわゆる、「日本のヴント」ですね。

大正期の代表的な心理学者は松本亦太郎(まつもとまたたろう)が挙げられます。
彼はアメリカのエール大学に留学し、さらにはドイツに渡ってヴントの心理学実験室で学びました。
1900年に帰国してから、京都帝国大学(現 京大)の教授となり、ここに心理学実験室を作り講座を開きました。その後、元良が亡くなったことを受けて、東京帝国大学教授となり日本心理学会を創設し初代会長となりました。

昭和期に入ると、九州帝国大学(現、九大)教授の佐久間鼎(さくまかなえ)らが中心となりゲシュタルト心理学(ヴントに反する勢力)が盛んに取り上げられ、戦中から戦後にかけて日本の心理学に多大な影響を与えました。
日本の心理学はヴントに始まって、主にドイツを中心とした心理学の歴史を辿ります。



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2008年10月10日

トランスパーソナル心理学

2008092044758_1.jpg「トランスパーソナル心理学」とはマズローによって誕生し、「個を超える」ことを目指す心理学。
そこには「意識」や「無意識」を超え、「そもそも人間とは何か」「生きる意味とは何か」という究極のテーマがあります。

みなさんも考えたことがありますよね?
特に心理学を講座などで学んでなくても、自分の存在意義を考えたときに誰でも行き着くものだとは思います。
それを表に出して、学問として流派として定着していかせたのがこの「第四の心理学」と呼ばれるトランスパーソナル心理学です。

トランスパーソナル心理学に影響を与えた東洋的な修行(禅など)、例えば瞑想によって得られる神秘体験や至高体験、超越体験は自然科学的な方法では解明不可能とされ、研究の対象にされてきませんでした。
しかし、トランスパーソナル心理学のK・ウィルバーによれば、人間が知識を獲得するには、3つの様式(3つの眼)にのっとるものだといっています。
第一の眼は空間・時間・物質からなる外部空間を知覚する「肉体の眼」、第二の眼は、哲学・倫理・心そのものに関する知識を得る「理知の眼」。
そして第三の眼は、さまざまな超越的現実の知識に達するための「黙想の眼」だとしています。
トランスパーソナル心理学は、これら3つの眼すべてに基づいて人間存在を考えようとしたものです。

トランスパーソナル心理学は、前代なら宗教が扱っていた領域を含む人間全体を対象とする心理学なのです。
この心理学は、かなり興味深いものだと思います。



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2008年10月07日

人間性心理学

2008092043514_2.jpgフロイトが「第一の心理学」であり、ワトソンを「第二の心理学」とするのならば「第三の心理学」とはなんでしょうか。
講座でも勉強すると思いますが、それが「人間性心理学」と呼ばれるもの。

彼らは第一、第二の心理学が人間を決定論的に観るあまり、主体的に決断する能力を持っていることをないがしろにしている、と批判しました。
そしてひとりひとりの主観的経験を重視して、生きることの意味や価値の発見に寄与しようとする心理学が必要なのだと主張したのです。
このような考え方をもつものが、「人間性心理学」です。

この考え方の代表的な学者はA・マズローです。彼ははじめ、行動主義心理学などを学びましたが限界があると悟り、「自己実現」を研究のテーマにしていきました。
この言葉は今でもとてもよく使われていますね。
自己実現というのはとても曖昧な言葉ですが、自己実現した状態とは次のようなことが挙げられます。
例えば現実の自分の姿を見定めている。自己・他者・自然をありのままに受け入れている、極めて自発的である、自己中心的でなく問題中心の生き方をしている、自立的でかつ独立している、目的と手段を区別している、民主的性格、至高体験や神秘体験を体験している、などの特徴が示されます。

マズローは禅・ヨーガ・道教などの東洋的な宗教やシャーマニズムに触れた事もあり、その関心を「自己実現」から「自己超越」という問題へと移していったのです。

そのことが講座でもお馴染みの「第四の心理学」であるトランスパーソナル心理学が開かれる事に繋がりました。



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2008年10月05日

行動主義心理学

2008092043147_2.jpgヴントのもとで学んだ学者たちは多くがアメリカ人だったこともあり、またナチズムを恐れてアメリカにドイツから亡命した学者もいて心理学はアメリカに主流が移りました。
その中からヴントの学説を攻撃し、新たに学説を立ち上げた学者達が出てきました。

その中の一人がJ・ワトソンです。
彼は、「意識」というものは目に見えない。見えないものは確かめようがない。確かめようがないものは科学としては失格だという考え方からヴントを攻撃したのです。

そして外から与えられた刺激(測定可能)に対し、どんな反応(これも測定可能)をしたか、という事に基づいて人間を研究していけばいいと考えました。
このように行動だけを科学の対象とする考え方を「行動主義」を呼んでいます。

1913年に書かれた「行動主義者の見た心理学」という論文で脚光を一躍浴びたワトソンはアメリカの心理学に大きな衝撃を与えました。
彼は若かったのですが、この論文が脚光を浴びたのちにアメリカ心理学会の会長にまでなったのです。
いかに彼の理論が歓迎されたかが分かるエピソードですよね。

今日、一般的な心理学の講座に使われる教科書に「心理学とは『行動の科学』である」と定義されていますが、その出発点には彼の主張があるのです。

フロイトの精神分析学により無意識のダイナミズムを重視したのが「第一の心理学」という事になるのに対し、ワトソンの主張は「第二の心理学」と呼ばれています。
講座などの勉強でも必ず出てくる主張です。



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2008年10月02日

フロイトの理論

2008092043316_2.jpgS・フロイトは、20世紀の心理学を語る上で欠かせない重要人物です。
精神科の医師であったフロイトは、催眠療法を学び、その後、精神分析療法という独自の治療法を確立しました。
彼の理論は「精神分析学」と呼ばれ、心理学だけでなく哲学や芸術にまで様々な分野に絶大な影響を及ぼしました。
私たちも心理学の講座を学ばなくても知っている人物ですよね。

心理学史のうえで彼が残した最も重要な仕事は、「無意識」を心理学に持ち込んだ事です。
フロイトが主張したのは、私たちが普段決して意識することができない「無意識」という心があるという事です。
彼の理論によれば、私たちは「思い出したくもない嫌な事」を無意識の世界に追いやるのだが、そのような観念は絶えず「意識の世界」に入り込もうとしている。

こうした心の葛藤が、様々な行動を生んでいくと考えたのです。
精神分析学とは無意識にあるものを意識の世界に解き放つ事によって、人間の理解を深めた学問なのです。

このような考え方に基づいて有名な「夢の分析」という本を彼が書いたのは、ヴントが心理学実験室を作ってから約20年後の1900年でした。

この本によって、夢には様々な意味づけがなされました。
あなたも夢を友達などに話して、「それって○○を暗示しているらしいよ」などという事を言われたことがあったと思います。
それらはフロイトのこの本によるものでしょう。
おそらくこれから心理学の講座を学ぶときに、精神分析学は避けて通れないものになるでしょう。



posted by やましん at 21:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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